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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11722号 判決 1984年3月01日

原告 山川みさ 外2名

被告 山川弘泰

上記法定代理人後見人 山川千草

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

被告は、別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)につき、原告山川みさに対し9分の3、同山川真由子及び同田端洋子に対し各9分の2の割合による所有権持分移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者双方の主張

一  原告らの請求の原因

1  訴外山川修は、昭和52年11月26日死亡し、その相続人は、妻の原告山川みち、長女の同田端洋子、次女の同山川真由子(以下、いずれも名のみで表わす。)及び長男の被告であり、本件不動産はその遺産に属する。

2  亡修の遺産につき、原告らと被告との間に昭和53年8月15日ころ遺産分割の協議が成立したものとして、本件不動産を被告が取得する等の内容の遺産分割協議書(以下「本件協議書」という。)が作成され、これに基づき、同年12月16日、本件不動産につき被告への所有権移転登記がなされた。

3  しかし、被告は、同年1月18日、過つて階段から墜落して頭部を強打し、2度の手術を経たが、精神異常を来たして、同年4月ころ以降入院療養中であつて、本件協議書作成当時心神喪失の状況にあり、遺産分割の協議をすることができなかつたものである。

4  したがつて、遺産分割の協議は成立しておらず、原告らは、本件不動産につき法定相続分に従つた持分を有するので、被告に対し、右持分に合致するよう所有権移転登記手続を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

請求原因1ないし3の各事実は認め、同4は争う。

三  被告の抗弁

1  原告らと被告との間においては、被告が転落事故で心神喪失に陥る以前から、亡弘の遺産の分割について協議がなされ、昭和52年12月には、本件不動産を被告の取得とすることを含む本件協議書の記載と同一内容の合意が成立していたものであり、右協議書はこれを確認したにすぎない。

2  仮にそうでないとしても、本件協議書には、被告の妻山川千草(以下「千草」という。)が被告の代理人として被告の記名押印をしたものであるところ、被告は、その後の昭和55年8月19日、東京家庭裁判所において禁治産宣告を受け、同年9月3日、これが確定するとともに、千草がその後見人となつたことにより、無権代理行為をした者と追認をなしうる者とが同一人に帰したので、右協議書の作成による分割の合意(以下「本件分割協議」という。)は、合意時に遡つて有効となつた。

3  仮にそうでないとしても、千草は、被告の後見人として、代理人○○○○を通じ、昭和57年9月29日付書面をもつて、原告らに対し、本件分割協議を追認する旨の意思表示をし、同書面は同年10月5日までに到達した。

四  抗弁に対する原告らの答弁

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の内、被告主張の日に被告について禁治産宣告がなされ、被告の妻千草が後見人になつたことは認め、その余の事実は否認する。本件協議書作成にあたり、みさは、その長男である被告の妻としての千草と、同女に被告の療養、看護を託し、かつ、みさ自身の老後の世話を頼むことについて相談をし、千草の意思を確認したのであり、同女も、自らがみさの心情を諒承した証しとして本件協議書に押印したものであつて、被告の代理人として遺産分割の協議をし、本件協議書に記名押印したものではない。

3  同3の事実は認める。

五  原告らの再抗弁

1  本件分割協議は、時価約1億円の遺産全部を被告に帰属させるものであり、事実上の相続放棄を目的とし、相続放棄制度に対する脱法行為として無効である。なお、本件協議書作成後の昭和53年8月30日付で第2次の分割協議がなされたごとき書面が作成されているが、右書面において真由子、洋子が取得するものと表示された現金各300万円は、みさから右両名に贈与されたものであつて、遺産分割には関係がない。

2  (一) 本件分割協議は、みさが、被告の監護と自己の老後を千草に託すべく、洋子、真由子を説得して、遺産全部を被告に帰属させる旨の分割協議書を作成し、不動産については被告単独名義に所有権移転登記を申請するという形式で、原告らの相続分の全てを被告に贈与したものであり、かつ、それは間接的には千草に対する贈与であつた。

(二) しかるに、千草は、その後しばらくしてスナツクに勤め始めると、次第にみさに対して冷淡な仕打ちをするようになり、また、他の男性と交際し、子らを顧みずに放縦な生活を続け、さらに被告と離婚すると言い、あるいは、妻である以上夫の財産をどのように処分しても構わないなどと公言するに至つた。そして、千草は、後見人就任後、それまでみさが収受していたアパートの家賃月額約38万円について、昭和55年10月28日付弁護士名書面を各賃借人に送付することにより、以後これを自己の預金口座に振込ませるようにして、みさの権利を侵害し、また、みさを邪魔者扱いにし、子らをそそのかして、みさの悪口を言わせ、あるいは乱暴を働かせるようになつた。そのため、みさは、身の危険を感じ、昭和57年3月17日、長年住み慣れた自宅を出て、真由子を頼つて現住所に転居した。そして、生活に窮したみさは、同年5月、右家賃収入から毎月15万円程度の支払を求める調停の申立(東京家庭裁判所昭和57年(家イ)第2925号)をしたが、千草は月3万円くらいしか払えないといい、かくて、遺産分割の趣旨は全く没却されるに至つた。

(三) したがつて、

(1) 本件分割の実質をなす贈与には、みさと被告及び千草との間の情誼関係が受贈者側の背信行為により破綻した場合には、これが解除される旨の条件が黙示に定められていたものであり、右条件が成就し、贈与は失効した。

(2) そうでないとしても、右贈与の基礎をなす情誼関係は完全に破綻したので、原告らは、本訴において昭和57年12月10日付準備書面の送達(同日の第2回口頭弁論期日に陳述)をもつて、右贈与を撤回する。

(3) また、右贈与には、(イ)被告及び千草がみさと同居し孝養を尽くすこと、(ロ)被告名義に移転したアパートの家賃収入は、みさの生存中は同人に収受させることとの負担が付されていたが、被告及び千草は右負担を履行しないので、原告らは前記準備書面をもつて贈与を解除する。

六  再抗弁に対する被告の答弁

1  再抗弁1の内、昭和53年8月30日付第2次分割協議の書面が作成されたことは認め、その余の主張は争う。右書面の記載も遺産分割の一部となるものである。

2  (一) 同2(一)の事実は否認する。

(二) 同2(二)の内、アパートの家賃について千草が原告ら主張の書面を送付してこれを自己の預金口座に振込ませるようにしたこと、原告ら主張の日にみさが転居したこと、みさが主張のような調停の申立をし、その期日に千草がみさの生活費を補助するため毎月3万円くらいの支払を提案したことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同2(三)の各主張は争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断する。

1  被告法定代理人千草の尋問の結果によつても、亡修の死後被告が受傷により心神喪失に陥るまでの間に、遺産分割に関する確定的な合意が全相続人間に成立していた事実を認めるには十分でなく、他に右事実を認めるに足る証拠はないから、抗弁1は理由がない。

2  (一) 成立に争いのない甲第4号証の1・2(乙第1及び第2号証に同じ。)、原告本人みさ及び千草の各尋問の結果によれば、昭和53年8月ころ、原告らと被告の妻千草との間に、亡修の遺産中、甲第4号証の2記載の定期預金600万円を洋子、真由子が等分して取得し、その余の同号証の一記載の財産全部を被告に取得させるとの協議がなされ、これに基づき、千草が被告の記名押印をして本件協議書(甲第4号証の1)を作成したものであつて、本件分割協議は千草が被告の代理人として合意したものであることが認められる。

(二) 昭和55年8月19日、被告について禁治産宣告がなされ、妻千草がその後見人に就任した事実は、当事者間に争いがない。

(三) 無権代理人が無権代理行為後に無能力者たる本人の後見人に就任した場合でも、右行為が当然に有効となるものではなく、事情如何によつて、後見人として追認を拒絶することが信義則に反するとされることがあるにすぎないと解すべきである(最高裁昭和45年(オ)第1081号同47年2月18日第二小法廷判決参照)から、抗弁2は理由がない。

(四) しかし、抗弁3の追認がなされた事実は当事者間に争いがない。もつとも、右追認は本訴提起後になされたことが記録に徴して明らかであるが、みさ及び真由子の各本人尋問の結果によれば、原告らは、本件分割協議の当時千草に被告を代理する権限がないことを知つていた事実が認められるから、本訴提起をもつて、民法115条により無権代理行為が取消されたものと認めることはできず、右追認の効力は妨げられないものと解される。したがつて、本件分割協議は右追認によつて有効となつたものであつて、抗弁3は理由がある。

三  次に再抗弁について判断する。

1  相続人は相続財産について取得する権利を自ら処分する自由を本来有するものというべきであるから、法定相続分と異なる割合による配分を定める遺産分割の協議も、それが各相続人の真意に基づくものである限り、有効であり、分割の結果、相続人の一部が全く相続財産を取得しないこととなつても、その故にただちに協議が無効とされるものではないと解すべきである。そして、本件において、前記認定のとおり、遺産に属する定期預金600万円は洋子、真由子の取得と定められたのであつて、原告らの取得分が皆無であつたわけではなく、みさ及び真由子の各本人尋問の結果によつても、本件分割協議は原告らの自由な意思決定に基づいてなされたことが認められるので、これを無効とする理由はなく、再抗弁1は失当である。

2  (一) 本件分割の結果、みさは財産を取得しなかつたのであり、洋子及び真由子が取得した前記預金の額も、前掲甲第4号証の1に照らすと、被告の取得した財産の価額に比して少額であるものと推認されるから、これと法定相続分との差に相当する部分については、実質上、原告らが被告に相続分を贈与したものということができないものではない。

そして、みさ及び真由子の各本人尋問の結果によれば、原告らが遺産の大部分を被告に帰属させる分割に同意したのは、被告が亡修の長男であること、当時回復の見込の不明な精神障害によつて入院中の被告の行末を案じたということのほかに、みさが引続き被告・千草夫妻と同居し、老後の扶養・監護を受けることを同夫妻、とくに千草に対して期待したためであるという事情を窺うことができる。しかるに、いずれに非があるかはさて措き、その後みさと千草との仲は次第に険悪化し、ついに、みさは、昭和57年3月17日に家を出て(この点は当事者間に争いがない。)、真由子方へ身を寄せ、以来千草と別居するに至つたことも、右尋問の結果から明らかである。また、みさ及び千草の各尋問の結果によれば、本件分割後も、当初は、本件不動産中のアパート(別紙物件目録三及び五の建物)の家賃は、みさが収受して、一家の生活費等に充てていたが、千草は、みさに無断で、昭和55年10月28日付書面を賃借人宛送付し、以後の賃料を自己の預金口座に振込ませるようにし(この点は当事者間に争いがない。)、これを取得するようになつたことが認められる。

(二) しかしながら、本件分割協議は、相続分贈与の実質を含むとはいえ、本質において、相続人間における相続財産の帰属を定める合意であつて、法律上遺産分割たる性質を失うものとは解されない。そして、当事者間の情誼関係が法律関係に反映するものとし、情誼関係の破綻をもつて遺産分割の解除条件とする如きは、相続による法律関係を徒らに不安定、不明確ならしめるものであつて、本件においてそのような合意がなされたと認めることは相当でなく、また仮にその合意があつたとしても、条件部分の合意は無効というべきである。したがつて、再抗弁2(三)(1)は失当である。

(三) さらに、原告らの主張する情誼関係の破綻とは、原告らと千草との間のそれをいうことが明らかであり、原告らは、贈与の相手方が間接的には千草であるとしてこれを取消す旨主張するが、遺産分割によつて本件不動産の権利を取得した者は被告であり、千草は、家族の一員としてその使用収益に与かりうるとしても、自ら権利者となるわけではなく、かえつて、被告の後見人として右不動産を善良な管理者の注意をもつて管理すべき義務を負う立場にあるものである。したがつて、再抗弁2(三)(2)の贈与の撤回の主張は、前記(二)と同様の理由のほか、右の点においても、失当である。

(四) 次に、本件分割協議につき、それが贈与たる実質を含むからといつて、再抗弁2(三)(3)主張のような負担を付する約定が成立していた事実を認めるに足る証拠はないばかりでなく、遺産分割に負担が付され、かつ、その不履行により、分割の協議を解除しうるものとすることは、前記(二)と同様に、相続による法律関係を不安定にするものであつて、是認することができず、この点の原告らの主張も失当である。

(五) これを要するに、遺産から何も取得しなかつたみちの窮状は理解しうるとしても、その救済は別途に扶養義務の負担等によつて図られるべきであり、被告の取得した財産に対する千草の専断的処分に対しては、みさが後見監督人としての権限を適切に行使することによつて制約すべきものであつて、遺産分割の効果を覆滅し、本件不動産に対する法定相続分の権利を回復することを求めることは、遺憾ながら、適切でないものというほかはない。

四  以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、民訴法89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

別紙 物件目録<省略>

〔参照〕控訴審(東京高 昭59(ネ)717号 昭59.12.24和解)

和解条項

一 当事者全員は、被相続人山川修の遺産につき昭和53年8月15日に成立した遺産分割協議の一部につき昭和59年12月24日次のとおり新たな分割協議が成立したことを確認する。

(1) 控訴人山川真由子は、東京都中野区○○×丁目××番地の×所在の家屋番号××番×の×種類居宅構造木造瓦葺2階建床面積1階51.23平方メートル2階37.19平方メートルの建物(以下「本件建物」という。)およびその底地(東京都中野区○○×丁目××番×所在地積82.64平方メートル)の借地権を取得する。

(2) 控訴人山川真由子は被控訴人に対し、遺産分割調整金として1900万円を支払う。

二 被控訴人は控訴人山川真由子に対し、前項(1)にもとづき前項(2)の支払を受けるのと引換えに昭和60年2月末日限り抵当権その他の負担を抹消したうえで、本件建物につき、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をする。ただし、登記手続費用は控訴人山川真由子の負担とする。

三 控訴人山川真由子は被控訴人に対し第一項(2)の調整金を次のとおり分割して被控訴代理人○○○○の事務所(新宿区○○×-×-××○○ビル2階)へ持参または送金して支払う。

(1) 昭和60年1月末日限り金1000万円。

(2) 昭和60年2月末日限り第二項の登記手続および第四項記載の建物明渡しと引換えに残金900万円。

四 被控訴人は控訴人山川真由子に対し、昭和60年2月末日限り前項の金員の支払を受けるのと引換えに本件建物から退去してこれを明け渡す。

五 控訴人らは被控訴人に対し、直ちに東京地方裁判所昭和57年(ヨ)第6454号不動産仮処分申請を取下げ、同仮処分決定の執行解放の手続をする。

六 被控訴人は控訴人らに対し、右事件について供された保証の取消しに同意し当事者双方はその保証取消決定に対し抗告しないことを合意した。

七 控訴人山川真由子控訴人田端洋子は控訴人山川みさの扶養に当り特段の事情がない限り被控訴人に対しその費用の分担を求めない。

八 控訴人らはその余の請求を放棄する。

九 当事者双方は、被相続人山川修の遺産につき右に定めるほか、他に債権債務のないことを互いに確認する。

一〇 訴訟費用は、第一・第二審とも各自の負担とする。

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